9月1日、東京国立劇場にて高田派声明公演に出演してまいりました。

昨年末くらいから、高田本山で準備を整えてくださったにも関わらず、手前のことでほとんど稽古に参加せず、、、、、ようやく参加しだしたのが春先くらい。

うやむやしながらも参加を決めたのは、先輩僧侶より強く勧められてから。
「行きます、やります」と言ったものの、それでも自分の都合を優先になんとなく身が入らず稽古をしても心の中は文句ばかり。
「ああすればもっとスムーズに」「こうすればもっとやりやすく」そんな気持ちが毎回錯綜しながら、自分でも迷ったままはっきりしないまま、続けて来れたのは、思いを裏切らないことだけ自分の気持ちに決めていました。

「是が非でも誘ってくださった先輩僧侶を裏切ることはできない。」
背中を向けることはご本山にも背くことになるのでは、、、、よく住職から「本山は親と思え」と言われて育った私にとってそんな不安も共存しながらなんとか気持ちに折り合いをつけて継続してきました。
けれどもやっぱり公演が近くにつれ、お盆のお参り、地元のお祭り、稽古、子どもたちの夏休みとどんどん時間が削られ、あっという間にリハーサル・本番を迎えてしまった、全く準備が整っていないのが本当の心情でした。

そんな状態で、いざ東京へ迎えば緊張感漂う稽古仲間たち。
周りの様子を測りながら舞台へ上がれば「今までとは違う」ということをようやく知らしめられてしまった私。

どうするべきか、でも前日の夜に稽古仲間たちと語り合いあいながら気持ちを聞いてくださる先輩もいてくださり、当日は気分スッキリで迎えることができました。

当日の時間がゆっくりすぎる中、ついに本番。
本番が始まってしまえば早いものです。正直あまり内容は覚えていません。
けれども本番をやり遂げて、ミスこそあったに違いありませんがまずやり切った気持ちでいっぱいになれたことは嬉しかったです。
きっとこのことには、本当にいろいろな方々のいろいろなおかげがあったからこそと心から感謝しています。

当日きてくださったお檀家さまも見えました。
ちゃんとできたかと心配してくれる寺族がいました。
しっかりと声を張り上げてくれる仲間がいました。
そして、手を合わせた場は聖人の御影に包まれていました。

おかげがある、こんな適当なことばかり自分のことばかりにとらわれていた私を包んでくれるおかげがここにある、と手が合わせる、合わさることができました。

このような経験は二度とないと思います。ここまで声を張りあげることもそうそうないような気がします。でもここまでできると知らせてくれた関わってくださった全ての方々やおかげさまに感謝の御念仏申し上げます。

南無阿弥陀佛